交差点に立っている

田舎暮らしをしているフェミニストがたまに書くなにか

私も、あなたのことを知らない。

エリコさんは、何を考えてるかよくわからないよね。

学生時代から、何度となく言われた言葉。
クラスメイトから、
大学の同期から、
職場の同僚から、
保護者から。

その度に
「私も、あなたたちのことなにも知らないけど」

と心の中で返答してきた。

不思議だった。
私以外の他者はそれぞれに、何を考えてるかなんとなくわかるくらいには知り合っているということなのだろうか。
そして、さらに不思議なことに「あなたは何を考えているかわからない」と言った人の大半は、実際に私が何を考えているのかを問うて来ることはなかった。

不思議だ。聞かれたら話すのに。
拒否したこともない。
聞かれないから、話すこともない。
聞かれたら、話す。

「エリコさんって…。」
そっと、静かな緊張感を持って、私のことをたずねてくれる人がいる。
聞かれたら、話す。
私が話したことについて、丁寧に返してくれる。
私も「じゃあ、あなたは...。」とたずねる。
そうやって、ゆっくりとやさしく、友人になっていく。

ありがとう。
私が何者であるかを誠実にたずねてくれた人たちへ。
ありがとう。
私がたずねた時、誠実にこたえてくれた人たちへ。

これからも、知らない誰かについて知ろうとし、たずねることをしよう。
母国語が日本語ではない方が目の前にいたら、
私が受け取ったやさしさを与えられる人でいたい。

私は日本に住んでいる者として、
日本に住む外国人を誰一人排除しない。

私は、なにも聞かれなければ「得体の知れない人」のまま。
でもひとつ聞けば、ひとつ分、ふたつ聞けばふたつ分、「知っている人」になる。
だから私も聞いてみる。
知っていけば、すぐさま脅威にはならない。

為政者たちの悪意に引き寄せられるな。

斯くの如し

 

本ブログを開設して1年経ったが、あまり更新できずだった。

もう少し書く癖を身につけなければと思って、さっそくはりきってこれを書いている。

とにかくなにか一言でも、一日のおしまいに生まれる呟きをここに落としていけばいいのだけれど。
なにごとも習慣化するのが下手だ。

今、毎日続けられていることと言えば、韓国語の学習アプリだ。
毎日続けることでそれなりのステータスが得られるシステムになっていて、21時を過ぎたあたりから、「今日は学習を進めないのか」と迫るような通知が届くようになっているので、忘れずに続けることができている。
だけど、1回3~5分程度のものなので習熟度はいつまで経っても初心者未満レベル。なにかプラスアルファしていきたいとは思っているけれど...。

本を読む時間、書く時間、語学の時間。
子育てと家事とで終わる1日からどれだけ捻出していけるか。

今年は研究発表も控えているので、そろそろ本腰を入れないといけない。

フィールドワークと称して訪れたいところもいくつか。
初訪韓も果たしたいところだけれど、うーん。

同じ年齢の子どもがいる仕事上のパートナーと、
とにかく健やかに、楽しく、根詰めずに働きましょう。
と話をした。ありがたいことだ。

無理をしない、無理をしないとできない、がいつもせめぎ合う。

 

今年も始まった。

だれがはじめたのか

数週間前の話。

「いっちばん最初に、誰が戦争したん?」

と我が子7歳に問いかけられた。

 

その時は夕食中で、アメリカ、日本の戦争と植民地の話からイスラエルとパレスチナの話になって、そのまま私と夫とでもう少し複雑な話をし始めた時だった。
しばらく黙っていた子が、「あのさ」と言って、上記を問いを発したのだった。

彼の問いかけは非難の声だ。

世界の色んなところで戦争や紛争が起こってきたし、現在も起こっている。
どうしてそんなことが起こるんだ。そもそも誰が始めたんだ。
あまりにまっとうで、真っすぐな問いかけに私は黙ってしまった。

これは、歴史の話をしているんじゃない、と思った。
戦争を始めてしまう人間の、その愚かな所業の種はいつどこに撒かれているのか。
わからない。
言葉に出来ない。
そこに自分が一切関係ないとも思わない。

「うん、誰なんだろうね...」

情けない返答をするのが精一杯だった。

加納実紀代研究会

月に1~2度通っている加納実紀代資料室サゴリ。

今年の2月に加納実紀代研究会が発足し、隔月開催で4月6月と発表が進められている。
必死でなんとか食らいつき(いやそれすら怪しい...)ながら「研究」との距離を縮めようと試みている現状。自身の発表の順番を後回しにしてもらって、研究者の皆さんから、「発表ってこんな風に進めるのか...」と、基本から見て聞いて学んでいる。

先月の2回目の発表の様子と共にサゴリの今を加研メンバーでもある森田裕美さんが記事にしてくださった。

www.chugoku-np.co.jp

 

加納さんの研究の中でも特に「被害と加害の二重性」については、現代に続くテーマであり、歴史を検証していく上で今後も欠かせない視点になっていくのではないかと思う。
自身の加害性を(被害性と共に)見つめるためには加納さんの視点が必要で、そのヒントを高雄さんから与えられたから私は今サゴリに通っている。

「私が研究だなんて、まさか」と頭の片隅で未だ戸惑いながらも、サゴリと繋がることで与えてもらえる勉強の機会はなるべく断りたくない。
知らなければ苦しまずに済むと思って逃げていた過去の自分と、対話しなければならないのだから。
そのためには、知らないことが多すぎる。
知りたいことが多すぎる。

女性たちと働く


2月まで働いていた地域の食堂にやっとエプロンを返しに行った。
そこは農産物や加工品の直売やうどんなどを提供する小さな食堂にコンビニも併設されている施設で、移住前の準備から昼食に利用していた場所だ。

2年前の移住後、自宅にオープンしようと準備していた小さなお店の構想が一旦無くなって、しばらくバイトでもしようかと考えていた時、その食堂で人が足りていないから働けないかと声が掛かった。
実は、移住して何度か食事に行った時に「ここで働く女性たちの中に入ってみたいな...」と漠然と考えていたことがあったのだ。

60~70代の女性たちがメインで働く地域の食堂。
どんな風に暮らし、コミュニケーションを取り、地域とつながっているのだろう。
これから自分が暮らす場所の女性たちのことを知りたかった。
思いがけずありがたい話をもらって約1年半、働いた。

辞めると伝えてから2か月の間、一緒に入るパートナー(2人体制を取っている)が代わるがわる「本当に辞めちゃうの?」「もう少しおってよ」と声を掛けてくれる。
ありがたくて、切ない気持ちになりながら「うれしいです」「すみません」と返し続けるしかなかった。

今も変わらず人は足りないので、彼女たちに揉まれながらうどんを作りたい方募集中。
社長にも仲間にもはっきりと意見を言う気持ちの良い女性たちが今日も地域を支えている。